大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和38年(ワ)11108号 判決

原告 太平住宅株式会社

右代表者代表取締役 中山幸市

右訴訟代理人弁護士 牧野彊

被告 丸不二株式会社

右代表者代表取締役 藤本榴造

右訴訟代理人弁護士 渡辺重視

同 高橋武

主文

1、被告は原告から本判決確定後一ヶ月以内に金五〇万円の支払提供を受けた後六ヶ月を経過したときは別紙目録記載の建物の内三階の図面表示(赤斜線の部分)の部屋六坪七合二勺を原告に対し明渡さなければならない。

2、原告のその余の請求を棄却する。

3、訴訟費用は原被告の平等負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し、別紙目録記載の建物の内三階の図面表示(赤斜線の部分)部屋六坪七合二勺を明け渡し、かつ昭和三七年四月二〇日以降右明渡済みに至るまで一ヶ月一六、二五〇円の割合による金員を支払え」との判決及び仮執行の宣言を求め、その請求の原因として次のとおり述べ、

一、別紙目録記載の建物(以下本件建物という)はもと訴外合名会社金井信生堂の所有であつたが、後訴外増田建設株式会社に譲渡され、昭和三三年一二月二二日原告が同会社よりこれを買受け、現在原告の所有である。

二、原告が本件建物を買い受けた当時、被告は別紙図面表示(赤斜線の部分)の部屋(以下本件部屋という)を使用しており、原告は被告をそのまま借室人と認め室料金一万円、附加使用料(電気水道等)金六、二五〇円を毎月被告より受領し現在に至つたものである。

三、(1) しかし原告会社は建物の月賦売を目的とする会社で資本金も二〇億円となり業界でも屈指の有力会社である。しかるに本件建物はそれ自体大きくない上現在原告会社本店と同東京支店が双方で使用しているが従業員も右買受当時に比較すると約二ないし三倍に増加しているため非常に狭隘を感ずるに至つた。

(2) 本件建物内には買受当時借室人として被告の外約八社がいたが原告はその手狭なことを訴え明渡しの交渉をしたところその事情を了介して四社は既に立ち退いた。しかし残りの各社は前所有者との間に正式な賃貸借契約がありその期限も昭和四一、二年まであるので今直ちに明渡しを求めることは出来ない状況にある。

(3) 被告は本件建物四階一室を、訴外合名会社金井信生堂の承諾なくして使用していた訴外東和醸造株式会社が倒産した時引き続き使用していたが、当時事実上右建物を管理していた訴外中和物産株式会社からとがめられて同会社と昭和三二年一一月五日五階五一号室(一五坪)について賃料一ヶ月一七、〇〇〇円(附加使用料別)毎月一五日払、期間昭和三二年一二月より三ヶ年、保証金一四〇万円の約で賃貸借契約を締結した。しかし被告は右契約を履行せず、訴外合名会社金井信生堂と訴外中和物産株式会社の紛争に乗じて訴外金井信生堂の承諾を得ず勝手に本件部屋へ移転し使用しているものである。原告は当時右事情を知らず被告に本件部屋を賃貸することを事後承諾したのである。

四、このように原告は一旦被告に対し本件部屋の賃貸を承認したが、それは以上のとおり錯誤に基く無効のものであるから、本訴においても右賃貸を認めたが、その自白を取り消す。よつて被告は右部屋の占有権原がないのでこれを明け渡すべきである。

五、仮に右自白の撤回が許されず、被告に本件部屋賃借権があるとしても原告としては差当つて明渡しを求めることの出来る相手は被告しかないのみならず、被告は現在本件部屋をわずか三、四名で使用しているに過ぎず同所では事務を執つているのみで営業はしていないから、他に移転することは必ずしも困難ではない。

そこで原告は被告に対し昭和三六年一〇月一九日到達の内容証明郵便をもつて以上原告の自己使用の必要を理由として本件部屋の賃貸借契約解約を申し入れたが右申入れは正当の事由を備えているから本件賃貸借契約は六ヶ月を経過した昭和三七年四月一九日限り終了した。

六、よつて原告は第一次的には被告の不法占有を理由とし、予備的に右解約を理由とし、被告に対し本件部屋を明け渡し、かつ昭和三七年四月二〇日以降右明渡済みに至るまで附加使用料を加えた使用料相当の一ヶ月金一六、二五〇円の割合による損害金の支払を求めるため本訴に及んだ。

立証≪省略≫

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として次のとおり述べ、

一、原告主張事実中、原告主張の経緯で原告が本件建物を所有するに至つたこと、被告は本件部屋の賃借人として使用料金一万円及び附加使用料金六、二五〇円を支払つていたこと及び原告主張の日時にその主張の解約申入れの内容証明郵便が到達したことは認めるが、原告が差し当つて明渡しを求めることのできるのは被告のみであることは不知。その余の事実は否認する。原告の錯誤の主張を争い、自白の撤回に異議がある。

二、訴外穴水徳五郎は訴外合名会社金井信生堂より本件建物の旧ビル四階一室を賃借していたが、同会社の承諾を得て、訴外東和醸造株式会社に転貸した。ところが訴外東和醸造株式会社が倒産したので、被告は訴外穴水及び同東和醸造株式会社の了介を得て直接訴外金井信生堂より右部屋を賃借し、昭和二六年一一月に入居した。被告が四階から三階の本件部屋に移つたのは訴外金井信生堂が昭和三一年頃本件建物のうち新ビル部分を増築するに際し新旧部分をつなぐ通路を作るのに当時被告使用の部屋を潰す必要があつたため訴外金井信正堂からの要望で当時あいていた本件部屋に入居したものである。原告主張の五階五一号室に関する契約条件は新しく出来るビルの部分に入居するための条件であつて、訴外中和物産株式会社よりその条件で五階五一号室を賃貸したいという申入れがあつたが被告はそれに応ずる必要がなかつたので右記の通り本件部屋に移転したのである。

三、(1)被告は白衣、作業服の製造販売を目的とする会社であり、東京都新宿区諏訪町二三二番地に工場を有するが、本件部屋は営業の本拠として昭和二六年一一月以来一〇数年営業を続け得意先に知悉されておりしかも場所が神田にあるので衣料品関係の営業をなす者にとつて対外的信用は非常に大きい。被告が今この地を離れることは今後の発展を図ることが困難となるのみならず、営業成績上不利益であることは明らかである。

(2) 現在被告の得意先は地方が約半数で電話による注文が大半であるので電話の局番及び電話番号の変更は非常に不利益である。被告は調停の段階で現在の電話をそのまま保持することを前提にして近隣を探したがこれから新築されるビル以外には空室はなく被告が他に移転するには営業上不利益になるばかりでなく次の四に記載の出費をしなければならない。

四、被告が仮に他へ移転するとすれば、次のような出費が必要である。

(イ)便箋封筒事務用紙の包装等の印刷    約金九万円

(ロ)各種印鑑の交換              一万円

(ハ)移転の運搬費               一万円

(ニ)入居のための保証金(坪当金二五万円) 一五〇万円

(ホ)家賃の差額一月分             二万円

(坪当り金五千円として六坪分金三万円より金一万円を差引いた金額)

これに対し原告調停の段階で空室の凌索に協力せず、公式の提案として金一〇万円の提供を申出たに過ぎず全然誠意を示していない。

五、原告の本件建物の使用状態は、被告及び他の借室人と比較してはるかに余裕のある状態であり、むしろ閑散としている。

しかも原告はこの他に本件建物と同規模の第三太平ビル(東京都豊島区池袋東一丁目二五番地所在)を所有しており、他に太平ビルも所有しており被告に本件部屋の明渡しを求める必要は少しもない。

六、それに比べて被告は本件部屋を現在七人で使用しており、戸棚、机だけでも一杯で現在狭隘なほどである。然し被告は原告が真に本件部屋を必要とするなら明け渡すこともやむをえないと考え調停を進めてきたが原告は被告の立場を全然配慮することなく調停は不調となつた。

以上原告、被告双方の本件部屋に対する使用の必要性を比較すると、被告の方が必要性が大きいので被告は原告の立退き要求に応ずることはできない。

立証≪省略≫

理由

一、原告が本件建物を原告主張の経緯で所有するに至つたこと、被告が本件部屋を使用していることは当事者間に争いがなく、原告が被告を本件部屋の賃借人と認めて被告より使用料金一万円及び附加使用料金六、二五〇円を受領して来たことは原告がみずから主張するところであつたが、これを錯誤に基づくものとして撤回するけれども、後記認定のとおり右錯誤の事実は認められないので、被告が何らの権原なく本件部屋を占有するとの理由に基づく原告の請求は失当である。

二、そこで原告の解約申入れに基づく請求について以下判断する。そして原告主張の日時にその主張のとおりの解約申入れの内容証明郵便が被告に到達したことは当事者間に争いがない。

よつて右解約申入れについてさらに正当事由の有無を判断する。先ず原告側の事情についてみるのに、≪証拠省略≫を総合すると次のことが認められる。

原告会社は建物の月賦販売及び建築の設計施工を主たる事業とする会社であり、原告営業にかかる受注契約成績についてみるならば原告が本件建物に入居後まもない昭和三四年には月間約一〇億円であつたものが現在では約四〇億円にもなり、約四倍に増加している。その従業員数は、昭和三四年当時東京都内で約二五〇名現在約三二〇名おり、本件建物には昭和三四年当時約一八〇名が仕事に従事しており収容定員一ぱいである。昭和三九年度の新規採用者は東京で約四〇名であり、来年度の採用予定人員は全部で大学卒が約三〇〇名、その他建築技士、約五〇名である。本件建物は各階約四〇坪の地下一階、地上五階建であるが、その利用状況をみると、一、二階を東京支店で建築及び集金給付関係、契約者関係が、三階を本社の経理課、会計課、監査及び原告の子会社大平観光株式会社が、四階を本社の秘書課、企画室が、五階を本社の宣伝と建築工事、総務部の庶務課が使用している。本件建物にはこの他一一社が室を賃借して入居していたが、地下のベル商事(食堂)、一階の関商事、二階の倉持貿易、三階の内藤建築、五階の中野伸銅等は原告の明渡方の交渉に応じて立ち退き、現在四社が室を賃借しているに過ぎない。原告は残りの賃借人に対しても期限が到来すれば明渡しを請求する方針である。現在原告は東京都内に池袋(第三太平ビル)、新宿、立川にビルを所有している。第一太平ビルは現在とりこわして存在しない。池袋の第三太平ビルは分譲の目的で昭和三七年に完工したが、現在一、二、三階を(各階六、七〇坪)原告の東京支社池袋営業所が四、五、六階を原告の子会社太平火災株式会社が使用しており、七階以上を原告が他に賃貸又は分譲している。東京支社が池袋営業所と一緒になつて第三太平ビルに移ることは、同ビル一、二、三階では狭すぎて不可能であり、又本社と東京支社が同一建物内にいることは事務の都合上便宜である。現在被告が使用している本件部屋が明け渡されたならば、原告はこれを応接室或いは会議室に使う予定である。応接室は二、三、四階に各一室づつあるが、二階の室は小さくこれを東京支店が、三、四階の各応接室は本社の利用に供されており、現在は応接室がふさがつていると一階の一般来客席を利用する外ない状態であり、応接室が足りないことは明白である。会議専用の室は一つもない状態である。以上の通りの使用状況であるので、第三太平ビルには社員を多少増員しても差しあたりひどく困る様な状態ではないが、本件建物である第二太平ビルには本社と東京支社が入つている関係上増員する余地はなく、又応接室、会議室等も不足している。

次に被告側の事情についてみるに、≪証拠省略≫によれば次のことが認められる。

被告会社は白衣、作業服の製造販売を目的とする会社であり、新宿に約六〇坪の工場を有し二〇名余の工員が働いている。本件部屋は被告の主たる営業所に当り、同室で執務する被告の社員は現在七名で入居以来所有の電話三本により大部分の注文を受け、その他事務をとるために使用している。新宿の工場は約六〇坪あり、半分は倉庫として使用しており、区劃整理のため新築改築が禁止されているが、少人数であるのでそこで事務をとつてとれないことはない状況である。現在被告の得意先からの注文は大半電話でなされるけれども、前記営業品目からして神田に営業所を置くことは被告の信用を高め、今後の営業発展上重要な要素となつている。

被告が本件部屋を明け渡して新宿の右工場に本店所在地及び営業所を移転することは被告の信用維持と今後の営業発展にも支障を来す状況にあり、また、もし、本件建物所在地とほぼ同一条件の場所に新たに貸事務室を求めて移転するために要する費用は大よそ被告主張の額のとおりである。

さらに被告が本件部屋を使用するに至つた事情について判断するのに、≪証拠省略≫を総合すると次のとおり認められる。

被告は昭和二八、九年頃本件建物中、旧ビル四階のうちの一室を当時の賃借人訴外穴水徳五郎に金二三万七千円を支払つて同訴外人から転借し、当時の右建物所有者訴外合名会社金井信生堂には看板料として金四万円を支払い被告会社の看板、室の名札、電話の使用については了解を得ていた。昭和三一年頃本件建物中新ビル部分が増築されるに際して、右四階の室が新旧両ビルをつなぐ通路となる場所であつたため、新ビル増築の出資者訴外中和物産株式会社と被告との間で、同新ビル完工の上はその五階五一号室一五坪に被告が移転する旨の契約がなされたが、同契約は履行されずに解消となり、被告は右新ビル完工の頃に本件部屋に移転して現在に至つた。被告が本件部屋に移転しこれを使用するについては所有者の訴外金井信生堂との間に新たに賃貸借契約証書の作成はなされなかつたが、同訴外会社はこれを了承して昭和三三年一月から室料金一万円及び附加使用料として電気料、熱料、清掃料の実費を被告に請求し、被告はこれを支払つて来た。昭和三三年一二月原告会社がその主張の経過で本件建物所有権を取得するに及び、その当時の被告の本件部屋使用状況のまま引継ぎをし被告との本件部屋賃貸借を認めて、前記事情から昭和三六年頃以来本件部屋の明渡しを被告に交渉していたがその承諾を得るに至らなかつた。

以上認定の諸事実からみると原告の本件部屋使用の必要性が認められる一方、被告の本件部屋明渡しによる営業上の損失も無視できないことが十分認められるが、ただ被告としては、必ずしも本件部屋を使用しなければ営業の維持発展を期し得られない訳ではなく、本件建物所在地と同様条件の場所に貸事務室を求めて移転することができ、かつ、原告において右移転に要する費用を償うならば、被告の営業にさしたる支障を来すことがなく、原告の本件部屋明渡要求を容れることも可能であり、本件部屋の貸借契約解約申入れ正当事由を満すことになるものである。

三、したがつて、右正当事由の有無はもつぱら右代替の部屋の有無と金銭上の問題とに帰するところ、本件建物と同様条件の貸事務室を探し求めることが現在不可能であることは当裁判所に顕著であり、その移転に伴う諸費用、右貸事務室入手に必要な保証金の金利負担とその調達費とは前出認定の事情からすれば、合計金五〇万円をもつて必要かつ十分と思料するので、原告が五〇万円を被告に支払うときには右正当の事由が具備されるものと解するのが相当である。そして原告は本訴において右金員の支払を条件にしてでも明渡しを求める意思を明らかにしてはいないが、原告があえて争わない被告主張の調停の経過からすれば、右意思は必ずしも期待し得られないことでもなく、原告が欲するならば本判決確定後一ヶ月以内に右金員の支払提供をするにおいては従来の解約申入れの効果はなお維持され、その効力を発生するものである。

四、よつて、原告が被告に対し、本判決確定後一ヶ月以内に金五〇万円の支払提供をしたときはその提供後六ヶ月後に被告は本件部屋を原告に明け渡すべきであり、その限度で原告の本訴請求を正当として認容し、右条件が満されるまでは被告において原告に対し約定の賃料及び附加使用料の支払と義務があるけれども、賃貸借契約の不存在を前提とする損害金の支払義務はないので、これを求める部分及び右条件にかからない原告の請求部分を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条を適用しなお仮執行の宣言は相当でないと認め、これを付さないことにし主文のとおり判決する。

(判事 畔上英治)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例